HACHINOHE HISTORIA

文化財詳細

#考古資料 #指定・登録なし #古墳時代 #是川縄文館
続縄文土器(後北C2-D式土器)
続縄文土器(後北C2-D式土器)
(指定・登録なし、是川縄文館、器高:30.4cm(推定))
続縄文土器(北大Ⅰ式土器)
続縄文土器(北大Ⅰ式土器)
(指定・登録なし、是川縄文館、13cm(残存高))

八戸の続縄文土器

縄文時代が終わり本州では水田稲作などの農耕を行う弥生時代に移るが、北海道では、狩猟、採集、漁労を中心とした縄文時代的な暮らしが続く「続縄文時代」へ移行する。東北地方北部では、弥生時代後期頃からの寒冷化の影響で、これまでの水田稲作や農耕が衰退し、狩猟、採集、漁労といった続縄文文化の影響を受けた生活が営まれるようになる。青森県内でみつかる続縄文土器には、北海道の特徴を持つものや、本州の土師器の特徴を持つものがあり、人びとの交流があったことがうかがえる。

八戸市の盲堤沢(めくらつつみさわ)(3)遺跡からは3世紀後半から4世紀頃の後北C2-D式土器(隆起線と三角形の刺突で施文し、縄文を転がす)が、田向冷水(たむかいひやみず)遺跡からは、後北C2-D式土器に後続する5世紀から6世紀前半頃の北大Ⅰ式土器(突き瘤と隆起線が特徴)がみつかっている。

解説執筆者 : 山田 貴博
推薦文献 : 八戸市 2015『新編八戸市史 通史編Ⅰ原始・古代・中世』
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