文化財詳細
根城以前の痕跡と世平弓
文化財区分:
考古資料、工芸品
時代区分:
平安時代、鎌倉時代、南北朝時代、室町時代
指定区分:
指定・登録なし
収蔵場所:
八戸市博物館
サイズ:
高さ推定40㎝
八戸は、陸路、海路、水路のどれもが交わる交通の要衝である。特にこれらの条件がそろう根城(ねじょう)には、飛鳥・奈良・平安時代を通じて大規模な集落が形成された。奥州藤原氏の時代(12世紀)には経塚が築かれた可能性があり、経典を埋納したとみられる外容器の常滑焼(とこなめやき)広口壺と祭壇跡として方形に整備された遺構がその名残をとどめる。
鎌倉時代になると、八戸は幕府の執権・北条氏の所領となり、代官が置かれた。発掘調査で確認された建物は、寝殿造系から書院造系の建物へと変化することが分かっており、前者が鎌倉期の建物とされる。また、中国産の青磁碗・皿、白磁碗、黄釉褐彩壺(おうゆうかっさいつぼ)など、13~14世紀前半の遺物もみつかっており、これらが代官・工藤氏の館に係るものと考えられている。
元弘3(1333)年、鎌倉幕府が滅び新体制となった政治下で、東北地方の統治は陸奥守・北畠顕家(きたばたけあきいえ)に任されることとなった。顕家の奥州下向に先立ち多賀国府(たがこくふ)に入った南部師行(もろゆき)は、翌建武元(1334)年2月、新設された糠部(ぬかのぶ)郡奉行に任じられ、4月には糠部に入った。この際、顕家から拝領したのが20張の世平弓であり、根城の幕開けを象徴する文化財である。
解説執筆者 : 八戸市博物館 小保内 裕之
推薦文献 : ①佐々木 浩一 2007『根城跡』同成社 ②八戸市 2015『新編八戸市史 通史編Ⅰ 原始・古代・中世』