HACHINOHE HISTORIA

文化財詳細

#絵画・書 #指定・登録なし #江戸時代 #八戸クリニック街かどミュージアム
小倉擬百人一首 文屋朝康 玉藻前
小倉擬百人一首 文屋朝康 玉藻前
(指定・登録なし、八戸クリニック街かどミュージアム、弘化3(1846)年頃、歌川国芳)
源氏絵物語 澪標
源氏絵物語 澪標
(指定・登録なし、八戸クリニック街かどミュージアム、弘化元(1844)年頃、歌川国貞)
東海道五十三對 石薬師
東海道五十三對 石薬師
(指定・登録なし、八戸クリニック街かどミュージアム、弘化1~4(1847)年頃、歌川国芳)
二十四孝童子鑑 呉猛
二十四孝童子鑑 呉猛
(指定・登録なし、八戸クリニック街かどミュージアム、天保14~弘化4(1847)年頃、歌川国芳)
東海道五十三次之内 浜松 毛剃九右衛門 五代市川海老蔵
東海道五十三次之内 浜松 毛剃九右衛門 五代市川海老蔵
(指定・登録なし、八戸クリニック街かどミュージアム、嘉永5(1852)年、歌川国貞)

天保の改革

天保12(1841)年から、徳川家慶(いえよし)のもと老中水野忠邦(みずのただくに)を中心に行われた天保の改革では、風俗・思想を取締り贅沢を禁止する中、5代目市川海老蔵〔7代団十郎〕が江戸十里四方追放となるなど、歌舞伎の弾圧が行われ、浮世絵に対する規制も強化された。

天保の改革による浮世絵の主な規制〔天保13年〕

・歌舞伎役者や遊女、芸者を描いた一枚絵の出版禁止

・色版の数を7、8回以内に制限

・1枚の価格を16文〔現在の400円位〕以下とする

これにより、天保13(1842)年頃~弘化(1844~1847)頃の浮世絵は、百人一首や源氏物語・二十四孝など古典的・教訓的な題材を扱った揃物や、歴史上の武将を題材としたものが増えた。また、この改革では自由競争を促す目的で株仲間〔同業組合〕を解散させたため、浮世絵などの出版許可が、株仲間による自主的なものから名主〔役人〕によるより厳しいものへと変わった。

そんな中、版元や絵師は知恵を絞り、西洋表現や擬人化など新たな魅力生み出す工夫や、規制を潜り抜け風刺画などの刊行も行う気概をみせた。規制が緩む嘉永年間(1848~1853)になると、「東海道五十三次之内 浜松 毛剃九右衛門」のように、役者絵は役者名を記載しない形で徐々に復活していった。

解説執筆者 : 八戸クリニック街かどミュージアム 小倉 学

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