HACHINOHE HISTORIA

文化財詳細

#絵画・書 #市指定 #明治時代 #八戸市美術館
橋本雪蕉《名花十二客図屏風》(右隻)
橋本雪蕉《名花十二客図屏風》(右隻)
(市指定、八戸市美術館、明治9年(1876)制作、橋本雪蕉、右隻左隻ともに169.8×382.2cm)
橋本雪蕉《名花十二客図屏風》(左隻)
橋本雪蕉《名花十二客図屏風》(左隻)
(市指定、八戸市美術館、明治9年(1876)制作、橋本雪蕉、右隻左隻ともに169.8×382.2cm)
橋本雪蕉《名花十二客図屏風》(部分)
橋本雪蕉《名花十二客図屏風》(部分)
(市指定、八戸市美術館、明治9年(1876)制作、橋本雪蕉、右隻左隻ともに169.8×382.2cm)

橋本雪蕉《名花十二客図屏風》(右隻)

六曲一双屏風の1扇ずつに、ぜんぶで12場面の花々が描かれている。繊細かつのびやかな筆致で花の特徴が描き分けられており、淡い彩色がより気品を際立たせている。

《名花十二客図屏風》の作者は、江戸時代末から明治にかけて活躍した絵師・橋本雪蕉(はしもとせっしょう)(1802〜1877)である。雪蕉は花巻の生まれだが、八戸で酒造業等を営む河内屋の3代目橋本八右衛門昭方にその才能を見込まれ、文政6年(1823)頃に橋本家に養子入りした。その後、橋本家の支援を得て京都の文人画家・浦上春琴(うらがみしゅんきん)に師事し、鎌倉建長寺での滞在を経て、江戸で絵師として活躍した。八戸に戻ったのは、明治3年(1870)のことである。橋本家が所有する八戸市八日町の家で、より一層画業に取り組んだという。

画中に「明治九丙子歳 八月中澣 雪蕉橋本素淳 時年七十五」と記されていることから、明治9年(1876)、雪蕉が数えで75歳の晩年の筆と分かり、まさに雪蕉が描く花卉図の集大成といえよう。なお、「素淳」は雪蕉とは別の号(絵師としての呼び名)で、このほかにも黙堂、白嘯などの号を用いている。

解説執筆者 : 八戸市美術館 篠原 英里
推薦文献 : ①花巻市博物館 2007『花巻市博物館 第6回企画展 再発見・橋本雪蕉の画業を探る』 ②青森県立郷土館 1994『野澤如洋と橋本雪蕉展図録』

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