HACHINOHE HISTORIA

文化財詳細

#絵画・書 #指定・登録なし #大正時代 #八戸市美術館
福田剛三郎《海濱風景》
福田剛三郎《海濱風景》
(指定・登録なし、八戸市美術館、明治43年(1910)制作、福田剛三郎、31.8×41.0cm)
福田剛三郎《婦人像》
福田剛三郎《婦人像》
(指定・登録なし、八戸市美術館、大正11年(1923)制作、福田剛三郎、53.0×40.9cm)
福田剛三郎《静寂》
福田剛三郎《静寂》
(指定・登録なし、八戸市美術館、昭和8年(1933)制作、福田剛三郎、45.5×38.0cm)

福田剛三郎

福田剛三郎(ふくだごうざぶろう)(1886〜1977)は、八戸で洋画を最初に始め、その普及に貢献した人物である。

大正初期の八戸では、三角社、野の花会といった美術同好団体による絵画展覧会や、東都洋画展覧会が開催され、この頃から洋画が普及していった。福田も野の花会に名を連ねており、東都洋画展覧会開催に携わった。

東都洋画展覧会は、大正3年(1914)11月に、八戸で酒造業等を営む河内屋の6代目橋本八右衛門(1881〜1932)が主催者となり、八戸産馬組合事務所で開催された。当時の様子を伝える地方誌『奥南新報』によると、1日平均700人以上もの来場者があったという。福田は中村不折(なかむらふせつ)や満谷國四郎(みつたにくにしろう)など多くの画家たちの作品を集め、開催に尽力した。福田はこれ以前に、上京して水彩画家の大下藤次郎(おおしたとうじろう)(1870〜1911)や太平洋画会のもとで学んでおり、画家たちと知遇を得ていたと思われる。展覧会には福田も出展しているが、出展作の「赤い杉、外三点」の詳細は分かっていない。

八戸市美術館が収蔵している福田作品は、八戸文化人のサロンのような役割を果たしていた石田家旅館が描きこまれた《海濱風景》や、火鉢にあたり窓辺で読書をする少女の《静寂》など、知的で穏やかさの漂う作品である。

解説執筆者 : 八戸市美術館 篠原 英里
推薦文献 : 『奥南新報』大正3年11月13日、16日、22日

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