HACHINOHE HISTORIA

文化財詳細

#絵画・書 #指定・登録なし #昭和時代 #八戸市美術館
福田寛《T嬢の像》
福田寛《T嬢の像》
(指定・登録なし、八戸市美術館、昭和5年(1930)制作、福田寛、100.0×80.3cm)
福勢喜一《十和田奥入瀬の冬》
福勢喜一《十和田奥入瀬の冬》
(指定・登録なし、八戸市美術館、制作年不詳、福勢喜一、91.0×116.7cm)
西村健次郎《静物》
西村健次郎《静物》
(指定・登録なし、八戸市美術館、昭和23年(1948)制作、西村健次郎、53.1×65.2cm)

躍陽社

昭和2年(1927)4月、八戸の若き洋画家3名——福田寛(ふくだひろし)・福勢喜一(ふくせきいち)・西村健次郎(にしむらけんじろう)が、「躍陽社(やくようしゃ)」を結成した。躍陽社は年に1回程度のペースで絵画展覧会を行い、時にはデッサン研究会を開催するなどして、10年以上にわたって活動した。昭和3年(1928)の第3回展からは、作品の一般公募を始め、躍陽賞なる賞を設けている。

結成当時、福田と福勢は20代、西村は10代と若々しい団体で、会員の中には女性も多く、まさにこれから活躍する洋画家たちの集まりだった。結成3年後には、福田の《T嬢の像》が第11回帝国美術院展覧会〔帝展〕に入選している。青森県南地方で初めての帝展洋画部門入選という快挙は、八戸の洋画家たちに希望をもたらしただろう。また、福勢は「牧羊会」の主宰として水彩画展を開催。西村は太平洋美術学校に進み、独立美術展で入選を重ねた。三者三様の姿は、石橋宏一郎(いしばしこういちろう)や岩舘千松(いわだてせんまつ)らその後の洋画家たちにも影響を与えており、第12回躍陽社展には、出展者として月舘れい(つきだてれい)や石ケ森恒蔵(いしがもりつねぞう)の名も確認できる。

解説執筆者 : 八戸市美術館 篠原 英里
推薦文献 : ①青森県 2012『近現代の美術家』 ②『奥南新報』1927年7月4日、10月22日、1928年7月25日、9月1日、1937年11月7日

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