八戸ペンクラブ
The Hachinohe P.E.N. Club
三月度講演会報告「宮沢賢治の文語詩『八戸』をめぐって」
総会に先立ち中川真平会員の講演が行われた。演題は、「宮沢賢治の文語詩『八戸』をめぐって」である。
・講演要旨
始めに、賢治の作品の魅力として、 ①その精神性の高さと深さ ②風刺とユーモアの精神 ③土着性と普遍性 をあげ。次いで賢治の思想のあらわれとしては、 ①世界全体の幸福と平和。その例としては「農民芸術概論綱要」、「青森挽歌」 ②弱き者、虐げられた者への共感。その例としては貧農、朝鮮人、歌ひ女などについての作品があることを指摘。 ・演題の文語詩「八戸」について。
賢治は晩年約二五〇編の文語詩をのこしているが、うち十諞ほどに「歌ひ女」を取り上げており、思いやりの心を感じる。当時八戸と花巻の温泉地との間には「歌ひ女」の交流かあったことが背景であろう。
「八戸」の主人公は鮫駅で琥珀を売る女である。彼女はかつて彼の地へ渡った歌ひ女(風俗業の女)であったろう。胸を病み故郷の駅で、琥珀の売り子をしている。
この詩の題は初め「海光」であったが何回も推敲されて「八戸」となった。大岡信もこれを賢治の文語詩のなかで屈指の傑作に数えている。
「八戸」の詩は、大正十五年(一九二六年)に二人の妹を連れて八戸を訪れ、鮫駅で琥珀売りの女性を見ての想いを詠んだものである。なぜ八戸に来たかははっきりしないが、このころ労農党の八戸支部が結成されシンパであった賢治が訪れたのではと考えることが出来る。
このほか、「鮫」については、別の作品「ポラーノの広場」の中に「イーハトーヴォ海岸の一番北の『サーモ』の町に立ちました。」との表現があり、役所の調査旅行でもあり、地元の人たちに大変歓迎された楽しい思い出とも書いている。
この詩は五、七調の構成ですので是非朗誦してみてください。
八 戸 宮沢 賢治
さやかなる夏の衣して ひとびとは汽車をまてども 疾みはてし われはさびしく 琥珀もて客を待つめり この駅はきりぎしにして 玻璃の窓海景を盛り 幾条の遥けき青や 岬にはあがる白波 南なるかの野の町に 歌ひめとなるならわしの かゞがやける唇や頬 われとても昨日はありにき かのひとになべてを捧げ かゞやかに四年を経しに わが胸はにはかに重く 病葉と髪は散りにき モートルの爆音高く 窓過ぐる黒き船あり ひらめきて鴎はとび交い 岩波はまたしもあがる そのかみもうなゐなりし日 こヽにして琥珀うりしを あヽいまはうなゐとなりて かのひとに行かんすべなし
※きりぎし…切り立った岸辺
※玻璃…ガラス窓
※歌ひめとなるならわし…貧家の娘の習慣
※うなゐ…幼い少女