八戸ペンクラブ
The Hachinohe P.E.N. Club

特別寄稿 安藤昌益ゆかりの地を訪ねて

石渡博明

 昨年九月二四日付の『東奥日報』、二五日付の『デーリー東北』をご覧になって既にご存じの方もおられるかと思うが、同二三・二四の両日、安藤昌益ゆかりの地、八戸・大館を訪ねて老壮男女(あいにく若がいないのが、昨今の風潮を象徴しているかもしれないが)二二人が東京から繰り出した。その名もズバリ、「安藤昌益と千住宿の関係を調べる会」略称「調べる会」の面々である。会は一昨年五月、拙著『昌益研究かけある記』の出版記念会を機に、名称通り安藤昌益と千住宿の関係を調べることを目的に設立されたもの。千住仲町の相川謹之助さんを会長に現在の会員は約六〇名、ほぼ二か月に一回のペースで千住宿研究講と昌益研究講を交互に開催、「通信」も既に一〇号を数える。

 千住は安藤昌益の稿本『自然真営道』百巻本が出たところ。いわば昌益研究のスタート地点であるにもかかわらず、その後研究らしい研究がほとんど行われていない。わずかに川原衛門氏が七九年、『追跡安藤昌益』で、稿本『自然真営道』百巻本の所蔵者=「北千住の仙人」こと橋本律蔵の墓を慈眼寺に見出したことが唯一の業績と言えるような、昌益研究不在の地であった。

 ところが当然のこととして昌益に心寄せる人々は千住にも以前からいた。にもかかわらず結集軸がなかっただけと見えて、昌益おこし千住の町おこしを基軸に会を旗揚げすると、『朝日新聞』川の手版で取り上げられたことも手伝ってか、あれよあれよという間に会員が増えた。活動も活発化し、いつか昌益ゆかりの八戸・大館を訪回したいものと、酒席などで語り合ってきた経過がある。そうした夢が実現したのが今回の八戸・大館行なのだ。

 プランは八戸・大館詣で十数回の私か立てた。八戸では櫓横丁の昌益居宅跡・天聖寺と昌益思想発祥の地の碑・神明宮・市立図書館・市立博物館・櫛引八幡宮・山寺廃寺跡と対泉院の餓死供養塔・願栄寺。大館では市立博物館・温泉寺と昌益の墓・安藤家と顕彰碑・安達家の位牌・市立図書館と狩野父子顕彰碑・狩野亨吉生家跡を見る。途中、奥入瀬渓谷と十和田湖の景勝を楽しむという、何とも欲張ったハードなスケジュールであった。

 そればかりではない。夜は地元の関係者との交流・懇談ということ。八戸ではいつもお世話になっている三浦忠司さんがご都合でご参加いただけなかったのは残念。だが、東奥日報の吉田徳寿さん、気鋭の研究者・近藤悦夫さん、ひとり芝居の柾谷伸夫さん、青森から駆けつけてくれたかつて県史編纂室(現総務学事課)の中野渡一耕さん。大館では今昌益さんが時間の関係でご挨拶だけだったのが残念だった。しかし、安藤さんご夫妻に大館の先人を顕彰する会の面々七人がお越しくださり、交流・懇親ができたことは勿論のこと、地酒・地元の美味・珍味に皆、大満足の体であった。特に八戸では、私にとっても初めてのせんべい汁を堪能したばかりか、会場の三笠のご主人が値段の点で諦めていたいちご煮まで振る舞ってくれた。幹事役の私としては嬉しいやら申し訳ないやらだ。

 平均年齢が七〇に近い一行が何事もなく、ほぼ完璧にスケジュールをこなせたことから、『通信』第九号の八戸・大館行特集では自画自賛も含めて「九〇点」と自己評価した。が、参加した皆さんの声ではやはり、八戸・大館の風土に直に触れることができ、昌益の思想を生み出し育んだ土地や時代を実感できた喜びを語ったものが多かった。特に天聖寺で棟方住職から江戸期の飢饉のお話を伺い、いくつもの餓死供養塔を目にすることで当時の農民の置かれた過酷な状況に思いを馳せたこと。また市立図書館で昌益関係資料を見せていただいた際、JICA図書館・東大図書館と元図書館関係者がいたこともあり、異口同音に「八戸図書館はすごい」との賛辞が聞かれ、八戸の文化レベルの高さを再認識できたことが印象的だった。

 そればかりではなく参加者にとっては、昌益その人は勿論のこと、八戸・大館の町が、そこに住む人々が以前に比べずっと身近に感じられるようになったということである。そのことは又、昌益ゆかりの地として一括りにしてきた八戸と大館の風土の違い‐街の佇まいや人々の気風の違いといったものが、個性を帯びて見えてくるようになったということを意味していよう。つまり、これまで論文や新聞記事などを通して見知っていた個々の地名や地元の方々が、具体的な像として声色として、個々人の名前と共に参加者一人一人に記憶され、思い起こされるような形で東京へ持ち帰ることができたということである。

 今年五月、千住では松尾芭蕉ゆかりの町村が集って全国芭蕉サミットが開かれる。わが「調べる会」もサミットに合わせ、安藤昌益を始めとした先人や千住の町をアピールしようと考えている。そして近い将来には、八戸・大館に次いで千住でも安藤昌益をテーマとしたイベントができないかと夢想している。夢が夢に終らず、今回知り合えた方々を中心に、千住の地で再びめぐり合えたら……。平和で平等な世の中を構想した昌益と弟子たちの夢に少しは近づけるかもしれない。 (安藤昌益の会事務局長=東京在住)