八戸ペンクラブ
The Hachinohe P.E.N. Club

十周年記念小論集 ベアテ・シロタ・ゴードンさんと日本国憲法

内田弘志

 日本国憲法の草案作成に直接携わった、ベアテ・シロタ・ゴードンさんが昨年末、アメリカ時間 2012年12月30日にニューヨークの自宅で逝去された。1990年代に入って、しばしば招かれて来日し、 全国各地で「日本の憲法は世界のモデル」であることを熱心に伝える、 まさに日本国憲法の生き証人であった。

 89歳の生涯を悼みながら、私は、 来八したゴードンさんの講演を聴いたことを思い出した。書棚にあった著書「1945年のクリスマス」(柏書房)には、直筆のサインがあった。 2003年10月20日とあり、79歳の頃だとわかった。高齢を感じさせない凛としたゴードンさんであった。

 ゴードンさんの八戸での講演は、 彼女を主人公に描いたジェームス三木作・演出の青年劇場「真珠の首飾り」の八戸上演(2003年12月9 日市民劇場例会)を前にして行われたもので、発足して間もない八戸ペンクラブの島守光雄会長が進行されたように思う。芝居は、私も観劇している。日本国憲法の草案がどのようにして作成されたか、ゴードンさんたちの苦悶しながらの九日間が伝わる舞台であった。ゴードンさんは講演の中でその九日間にも触れて話された。

 ことは、1946年2月1日つけの毎日新聞が日本政府の作成していた新憲法草案をスクープしたことに始る。その内容が明治憲法と大して変わることがないことから、連合軍総司令部(GHQ)はこれを受け入れ難いとして、モデル案を作成して日本政府に提示することとする。 早々にGHQ民生局の中にチームが設置され、弱冠22歳ゴードンさんは女性の人権条項を担当することなる。

 わずか九日間の期限付きの草案づくりに、ゴードンさんは、国会図書館をはじめ多くの図書館等を廻って各国の憲法を集める資料収集からとりかかる。アメリカ独立宣言、アメリカ憲法、マグナカルタに始るイギリス憲法、ドイツのワイマール憲法、 フランスの憲法、スカンジナビア諸国の憲法、ソビエト憲法などから役に立ちそうな人権に関する条文を抜き書きする。日本の憲法研究会の憲法草案(その取り組みは映画「日本の青空」で劇化、八戸でも自主上映) なども参考にする。議論を重ね、何度も書き直しながら男女平等に関する条項をまとめていく。こうして生まれたのが日本国憲法第24条(個人の尊厳と両性の本質的平等)である。 ゴードンさんが「日本の憲法は世界の英知」「世界のモデル」と強調する所以である。ゴードンさんはまた、 九日間を「私の生涯で最も密度の濃い時間」「最もエキサイテングだった時かもしれない」と振り返る。

 1999年、衆参両院の憲法調査会に参考人として招致された時、 ゴードンさんは、「日本国憲法押し付け論」について、「日本国憲法は、 アメリカの憲法よりずっと優れています。自分の持ち物よりもっといいものをプレゼントするとき、それを 「押しつけ」というのでしょうか。」 と述べているのは、世界憲法と向き合いながら作成した草案に確信を持ってからではないだろうか。

 青年劇場「真珠の首飾り」の全国上演にあたってジュームス三木さんは、「真珠の美しい光沢は、アコヤ貝で苦悶しつつ絞り出した液がだんだん重なって生まれるものだ」「私は日本国憲法を103粒の真珠になぞらえたつもりだ」と述べている。(日本憲法は103条で構成されている。)ゴードンさんの草案作成は、 この「真珠」づくりであった。

 ゴードンさんは講演や著書の中で、 「高い理想を掲げた日本憲法はすばらしいと思っています。」とも語っている。その言葉に誇張などあるはずがない。

 ジェームス三木さんから「真珠」になぞえられた日本憲法はいま、かつてない改憲の危機に直面していることはご承知の通りである。 2007年、改憲を目指す阿倍政権の下で、教育基本法の「改正」、 国民投票手続き法の成立、防衛庁の「防衛省」への昇格などが行われている。 9条改憲への外堀を埋めつつあった。 師走の総選挙で政権についた第二次阿倍内閣は、憲法改正を公言し、七 「月の参院選挙の結果によっては、改憲への動きが一挙に加速するのではないかと危惧される。当面は第96条 (憲法改正の発議)の明文改憲を目指しながら、それが9条(戦争の放棄・戦力の不保持・交戦権の否認) への一里塚であることは間違いない。

 いま、改めてゴードンさんが「世界の英知」、「世界のモデル」と言われた日本憲法を学び直し、これを根本から変える自民党「憲法改正草案」 (2012年4月28日) などもあわせて学習することが求められている。

 ちなみに自民党改憲草案は、ゴードンさんが草案作成に深く関わった第24条に次の条文を新設している。

「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、 互いに助け合わなければならない」 と。「家族は互いに助け合わなければならない」などと憲法に規定することだろうか。

 「表現・言論の自由」はペンクラブの活動に直接的に関わる基本的人権であるが、この第21条について自民党改憲草案は、二項として「前項の規程にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」 を新たに加える。「公益及び公の秩序を害する」とは、何を意味するのだろうか。

 「日本国憲法破棄論」(日本維新の会、石原代表)など信じ難い「壊憲」 論まで登場する。容易ならざる状況にあって、日本国憲法を学び直すことを重ねて提唱したい。

 ゴードンさんは講演の中で、日本の平和憲法を変えようとする動きに警鐘を鳴らされた。娘さんは、母の意を継いで、弔意を献花等で示したい時は、代りに「九条の会」への寄付を望んでおられる。ベアテ・シロタ・ゴードンさんの日本国憲法と私たちに寄せる熱い思いが伝わるばかりだ。