八戸ペンクラブ
The Hachinohe P.E.N. Club

会員文芸欄「映画の効能」

雫石耕一

「映画を見ると得をする」と言ったのは、あの「鬼平犯科帳」の池波正太郎さん。

 池渡さんに限らず、小説家と呼ばれる方々の多くは映画が大変お好きなようである。

 毎年、秋に盛岡市で行なわれる「みちのくミステリー映画祭」では、映画上映のほかに第一線で活躍されている小説家の方々も大勢集まり講演が行われる。高橋克彦さん、大沢在昌さん、北方謙三さん、宮部みゆきさん等々、現在日本のエンターテインメント界をリードする超一級の大物作家たちが映画についての話を繰り広げるのだ。新旧作の映画上映もさることながら、その作家たちの生の声を聞くことができるということだけでも、この映画祭に参加する価値は十二分にある。実に多くの映画を見ていて、話を聞くのも本当に楽しい。ある作家たちのトークバトルは、まるで漫才を聞いているかのようで、会場内は爆笑の連続だった。

 かつて三島由紀夫さんは映画評論家の荻昌弘さんとの対談で、「映画は好きだからよく見る。映画から何かを学ぼうとは思わないが・・」と話している。

 作家は映画が好きでよく見るのに、その本を読まれる読書家の方々は、あまり映画がお好きなようには思えない。いや、映画が嫌いという方はあまりいないと思うが、なかなか映画館に足を運ばないという方が多いのではないだろうか?

 映画に対する要望を聞くと、高尚な意見がいくつも出てくるが、映画から何かを学ぼうとする意気込みが、逆に映画館から足を遠ざけている原因の一つになっているのかもしれない。昨年、この会報で行われた「映画アンケート」の回答者数の少なさに、いささか驚いたものである。

 映画は娯楽です。何も学ばなくていいんです。何かを感じてくれればいいんです。映画を見終わって、「面白かった」「つまらなかった」の二言だけの感想でいいんです。たった二時間で、他人の人生を垣間見ることができるんです。八戸に居ながらにして世界各国はおろか、宇宙や未来にまで行けるんです。しかも、自宅のテレビよりも大きいスクリーンで体感できる。これって結構すごいことですよね。

 昨年の映画館入場者数が一億七千万人を超えたという。かつて黄金期には十一億人もの映画人口があったというから、今では夢のような数字である。しかし近年、徐々にではあるが年々上向きの傾向にあり、映画業界としても希望が持てる状況にあるようだ。

 あの淀川長治さんは、ひと月に映画を二本見ましょうね、とテレビの視聴者に語っていた。一人一人が今よりほんの少しでも映画を見ることで、映画業界全体の活性化に繋がり、ひいては日本の文化を世界に発信する大きな原動力ともなり得るのだ。  映画界出身の監督だけではなく、テレビやCM界のディレクター、小説家、ミュージシャン、コメディアン等々までもが映画を作ろうとするのは、彼らが総合芸術としての映画が高い位置にある、ということを認めている証でもあるのだから。

 今年ももう早いもので、残り数ケ月となった。日本人俳優や映画監督のハリウッド進出、海外での日本映画への高い注目、すっかり人気が定着した韓国映画など、今年も映画業界は明るい話題が多かったように思う。

 さて、皆さんは今年、何本の映画をご覧になっただろうか。そして、どの作品が印象に残っただろうか?ここで今年上半期の、私のベスト・ムービーとなった一本をご紹介したい。「ミリオンダラー・ベイビー」である。

 今年のアカデミー賞で、作品賞、監督賞を初めとする四部門で受賞した作品。監督は「荒野の用心棒」の世界的大ヒットで一躍人気を得た、あの「ダーティハリー」のクリント・イーストウッド。今回は一九九二年の西部劇「許されざる者」に続いて二度日の受賞である。女子ボクシング界を舞台に、孤独な初老のトレーナーと家族の愛に恵まれない女性ボクサーとの絆を描いた人間ドラマ。

 映画にしても小説にしても、物語の核となるテーマは、大きく分けて三つしかない。「生」と「死」と「愛」である。この作品ではその全てが切実な形で表現されている。ボクシング映画であるから当然ファイト・シーンには興奮するが、見終っての印象は、静かな映画、心にゆっくりと染み渡ってくる映画、という感想を持った。原作と併せて読み比べてみると、いかに脚色の仕方が優れているか、というのがよく理解できるのである。とても品のある、雰囲気のいい作品であった。

 池波正太郎さんの「映画を見ると得をする」という著書の中に、こんな言葉がある。

 「映画・芝居を長いこと観続けていると、だんだん人間が『灰汁ぬけてくる』ものだ。粋な人間になって行く。人回の『質』が違ってくる」と。池波さんがおっしゃると、非常に説得力がある。

 さあ、面白い映画を探しに、街へ出かけましょう。