八戸ペンクラブ
The Hachinohe P.E.N. Club
五月期の講演会報告
堀德郎
五月期の講演会は、総会の前に行われ、我がペンクラブのメンバーで、東北アイヌ語地名研究会員でもある嶋脇芳勝氏のスピーチを楽しむことが出来ました。氏は八戸水産高校で長らく船のエンジン関係の指導をされ、最後は五戸高校長で定年となった方です。
演題は「アイヌとアイヌ語地名の痕跡」で、近辺にも沢山あるそれらの解説もされ、アイヌ文化とのかかわりを実感できました。
始めに、盛岡歴史館で入手したアイヌの生活ぶりの絵を示し解説されました。その絵はロシアの東方進出に対抗して南部藩が警備を命じられ室蘭郊外に陣屋を造ったものが史跡として残り、これらをモチーフしたのが風俗画として描かれたというのです。
先ず、アイヌとは男または人の意であり、女はメノコと言い、神様はカムイだったのです。
絵では、鉄砲で鹿を撃つアイヌ、小熊に自分の乳を飲ませるメノコ、踊るアイヌとメノコもありました。
室蘭はモ・ルランで小さな坂の意味、洞爺湖はただトーと呼ばれ、トー・ヤは湖の岸の意味である。氏は子供のころ蕪島の対岸のトーに水汲みに行ったそうです。私はそうすると十和田湖はトーだったのかなと気になり始めました。
アイヌ語地名ではナイは小さな川、ベツは大きな川の意味です。当地にもそれらしい地名が沢山あり、北海道にも似た名があり、交流を感じました。身近なところでは、馬渕川、苫米地、野辺地、原別、今別。また戸内、相内、鳥舌内、左和内、豊間内などが見えます。
また、馬淵川下流には悪虫があり、アクサ、ウス渡し場の意味でした。さらに、沢里の一盃森はポコンと突き出た小山、田子はタプコプでぽつんと立つ丸い山の意味でした。
最後に、種差の語源について、北海道のアイヌ語研究家山田秀三氏が種はタンネで長い、差はエサシで岬が語源ではと仮説を持って種差駅まで来ました。見ると先方に長い岬が突き出ているのを見て、これぞタンネエサシだと書いていました。
八戸高校で私の先輩だった松原健之助先生は、真っ向から反論し、タンネはいいが、差はサシかサスでコンブの意つまり長いコンブがとれるところだと書いていました。何人かの人が直接種差海岸を訪れ、細長い岬が突き出ているのを見て、やはりエサシの方がよいと書いています。 また、島脇氏も河北新報の「とうほく地名の泉」の欄にこのことを書いておられます。
皆さんも種差の芝生にでかけ、南方に伸びる素敵な岬の名を考えて見てください。なんとこの岬には現在のところ正式な名前がないのですよ。