ハチノヘキンコウノ「チュウゴクニノコサレタニホンジン」ノショウゲンキロク(イチ)

八戸近郊の「中国に残された日本人」の証言記録(1)

著者:渡辺 武秀 WATANABE Takehide

日中戦争が終わった後,様々な理由で日本人が中国に残されたままになっていたという事実については「残留孤児」に関するテレビ,新聞の報道,或いは雑誌,書物などからすでに知らない人はいないのではないか。 この「中国に残された日本人」に関わる問題は,実は,日本敗戦から 60年が過ぎ去った現在もまだ十分な解決が行われていないのではないかと思っている。これほど戦争の傷は深いのである。日本の政府機関や一般の人々の,この「中国に残された日本人」に対する誤った認識,処置のためには日本に帰国後の生活はなお苦しく,その人たちもその人たちの子どもも苦しんでいるかのように見える。 ところで,この「中国に残された日本人」関する,青森県,八戸での過去,現在の記録,調査はどのようになっているのだろうか。現在,八戸近郊の「中国に残された日本人」たちの声はどのくらい記録として残されているのだろうか。早く調査しなければ,歴史の証人たちも年を取って行くし,もしそのような人たちが亡くなるようなことがあれば,「中国に残されたという事実」「その後の事情」はすぐに風化してしまうのではないか。このような危惧が年々大きくなり,今回,この方面の調査研究に取りかかった。 したがって,これから,できるだけ多くの「中国に残された日本人」「その子ども」を捜し出し,その人たちの話を聞き,それを記録として残しておきたいと考えている。このような不幸な出来事を二度と繰り返さないためにも必要なことである。また,戦争は所謂「戦い」が終わった後も,その傷を長く引きずって行くことをしっかり文字に留めておかねばならないと考える。 今回のこのノートは,このテーマの第一回目の報告になる。このテーマに関わる報告は,もちろん今回で終わりでなく,更に続いて行くことになる。

掲載元情報八戸工業大学紀要第26巻,pp.219-226 The Bullet in of Hachinohe Institute of Technology,26,pp.219-226
カテゴリー歴史(近代・現代)
発行年月日2007/3/31
閲覧先八戸工業大学学術リポジトリ
閲覧先での公開範囲全文公開