HACHINOHE HISTORIA

文化財詳細

#遺跡 #考古資料 #指定・登録なし #古墳時代 #是川縄文館
剣型石製模造品
剣型石製模造品
(指定・登録なし、是川縄文館、古墳時代中期~後期、2.8×1.83㎝)
古墳時代の竪穴住居跡
古墳時代の竪穴住居跡
(指定・登録なし、画像提供:是川縄文館、古墳時代中期~後期)
古墳時代集落検出
古墳時代集落検出
(指定・登録なし、画像提供:是川縄文館、古墳時代中期~後期)
ガラス玉・臼玉
ガラス玉・臼玉
(指定・登録なし、是川縄文館、古墳時代中期~後期、ガラス玉:直径0.4×厚さ0.3㎝)
黒曜石製掻器など
黒曜石製掻器など
(指定・登録なし、是川縄文館、古墳時代中期~後期、左上:3.7×2.1㎝)

剣型石製模造品

田向地区の田向冷水(たむかいひやみず)遺跡では、八戸地域を含む青森県において唯一古墳時代の集落が発見されている。

検出された9棟の竪穴住居跡では、四隅が角張り、北側にカマド、東南隅に貯蔵穴が設けられることを特徴とし、土師器(引田式)が出土した。これらの特徴は東北地方南部にまで波及した古墳文化と類似しており、土師器の特徴から、集落は5世紀後半~6世紀前半の頃、古墳時代中期から後期に位置付けられる。そのほか、粘板岩(ねんばんがん)製の剣型・緑色凝灰岩(ぎょうかいがん)製の鏡型の石製模造品、臼玉(うすだま)・勾玉(まがたま)・ガラス玉などといった古墳文化にみられる祭祀具や装身具も出土している。

一方、北日本に広がっていた続縄文文化の北大式土器や皮革加工に使用されたと推される宮城県湯ノ倉産の黒曜石製掻器(そうき)も出土しているが、古墳文化の特徴を持つ遺物に比べると客体的である。双方の文化を持つ人々が混住していたと見る向きもある。
本遺跡や周辺にも後続する集落はみられないことから、南の古墳文化を伴った入植者たちがこの地に訪れたものの、土着するに至らなかったと考えられる。

解説執筆者 : 八戸市社会教育課 杉山 陽亮
推薦文献 : ①青森県 2005『青森県史 資料編考古3』 ②八戸市教育委員会 2006『田向冷水遺跡Ⅱ』 ③八戸市 2009『新編八戸市史 考古資料編』
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