HACHINOHE HISTORIA

文化財詳細

#絵画・書#指定・登録なし#昭和時代#昭和中期#八戸市美術館
佐々木泰南《李白詩 夜泊牛渚懐古》

佐々木泰南《李白詩 夜泊牛渚懐古》

(指定・登録なし、八戸市美術館、昭和2年(1927)制作、173.0×65.7cm)

佐々木泰南《深雪》

佐々木泰南《深雪》

(指定・登録なし、八戸市美術館、昭和49年(1974)制作、133.0×66.8cm)

佐々木泰南《李白詩 夜泊牛渚懐古》
佐々木泰南《深雪》

佐々木泰南

文化財区分絵画・書
時代区分昭和時代,昭和中期
指定区分指定・登録なし
収蔵場所八戸市美術館

佐々木泰南(ささきたいなん)(1909〜1998)は、八戸出身の書家。幼い頃から習字を好み、八戸市の書家・女鹿左織(めがさおり)(1867〜1954)から指導を受けて書家になる決心をした。昭和2年(1927)に上京し、柳田泰麓(やなぎだたいろく)(1862〜1932)に師事。泰麓がその姿勢と才能を認め、入門約1年で第3回日本書道作振会全国展への出品を許可したところ、泰南の作品《李白詩 夜泊牛渚懐古》が見事受賞した。この時、泰南は18才である。

20才にして書塾を開き、29才の時には最年少で東方書道会理事審査員になっている。昭和22年(1947)には、八戸市番町で泰南書道会を開いた。この会は、昭和48年(1973)の臨泉会結成後に臨泉会八戸支部となり、現在も八戸臨泉会として、泰南の作風と姿勢を受け継いで活動を続けている。昭和50年代〜60年代には、海外での展示に数多く出展して高い評価を得ており、アメリカのレーガン大統領にも作品を贈呈している。

泰南の書は、戦前は泰麓から学んだずっしりとした楷書が主だったが、昭和30年代頃から淡墨による濃淡表現が用いられるようになる。また、1字または少字数を、文字の意味と造形に重きをおいて書く「象書」と呼ばれる分野に取り組んだ。

解説執筆者八戸市美術館 篠原 英里
推薦文献①八戸市美術館編 1990『寒山への誘い 佐々木泰南』八戸市美術館 ②佐々木泰南米寿記念展実行委員会 1997『佐々木泰南米寿記念展作品集』

歴史文化マップ(出土・発見・ゆかりの場所)

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文化財マップ(展示・所蔵場所)

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