「仕掛け人」の多様性―八戸のアートシーン

アートコーディネーター 今川和佳子さん

一口に「アート」と言っても、人によってイメージするものは、きっと違いますよね。「アーティスト」という言葉も、例えば、絵画や彫刻の制作をする人から、ミュージシャンまで、幅広い使われ方をしていますから、人それぞれ関心のある分野も多様化していると思う。そしてそれを仕掛ける側の価値観や役割もそれぞれ。この「仕掛ける側」の多様性が、八戸の文化の多様性を生んできたのではないか。今回は、そう考える理由を、私自身の経験を織り交ぜつつ紐解いてみたいと思う。

私が八戸市中心街の複合施設「八戸ポータルミュージアム・はっち」の開館準備に関わり始めたのは2008年のこと。「市民が自分の活動を発表でき、アーティストが滞在制作できるレジデンス機能や、子育て支援機能もある。食もある。人々が集う様子も街の風景になる。」というそのコンセプトは、全国でも類を見ないものであった。(写真1)

写真1 はっち外観。5階にはアーティストの滞在制作スペースがある。

一方で、その「何でもあり」の施設に対する周辺の理解を得ることに苦労したのも事実だ。当時は、全国各地の公共施設が「ハコもの」と一括りに批判されることも多かった時代。そんな時期に動き始めた、全国的にも前例のない複合施設・はっち。「それで街に人が来るようになるの?」「そんな分かりにくい施設を作るより、駐車場なんとかして」などの声が上がったが、結果的には中心街のことを皆で議論することにつながった。

議論の場だけでなく、実践の場も存在していた。例えば市民有志で中心街を楽しむ企画や議論の場を作る「まちなかミュージアムワークショップ(MMW)」や、中心商店街店主、音楽、美術、芸能などの文化芸術分野、新聞やラジオなど情報発信分野など多くの方々にどのように活用したら面白い施設になるか、たくさんのアイディアをいただいた。館内のあらゆる展示物が市民作家の手によって制作されたことも、八戸の歴史や文化を正確に理解することにつながった。こうして私たちは、開館までの3年間に30ものプレ事業を行い、街歩き、食、ファッション、アートなど多岐にわたる分野が巧妙に「ごちゃ混ぜ」になる感覚を、市民と行政が一体となって味わっていった。

はっちのレジデンス施設を活用し、長期滞在制作を行ったアーティストの山本耕一郎さんによる「まちのうわさ」は、商店街と市民の繋がりを可視化する代表的なプロジェクトとなった(写真2)。また、飲み屋街の「横丁」を舞台としたアートイベント「酔っ払いに愛を〜横丁オンリーユーシアター〜」は、毎年各地からパフォーマーが集結する人気イベントに育った(写真3)。

写真2 はっち開館プロジェクト「まちのうわさ」で商店街を取材するアーティストの山本耕一郎さん。
写真3 横丁の名物企画「酔っ払いに愛を〜横丁オンリーユーシアター〜」

公共施設という分野で考えると、はっち以外にも、是川縄文館、マチニワ、八戸ブックセンター、八戸市美術館などの整備が完了し、それぞれの館の専門性を生かした提案がなされている。そして「仕掛け人」という観点から言えば、館の職員スタッフはもちろんのこと、それぞれの場所を使う市民もまた、仕掛け人と言える。なぜならこうした施設は、市民が使い倒すことで活性化し、新たな文化が生まれ続けるからだ。

また八戸には、郷土芸能や演劇、音楽等に親しむ市民の分厚い層が存在する。コロナ禍は、そうした場が失われ、やる人も場所を作る人も大変な想いをされていたと思う。しかし昨今は、かつてのような賑わいが徐々に戻り始め、そのエネルギーたるや凄まじいものがある。やる人、見る人が、それぞれの分野を超えてその存在を感じ合えるような絶妙な距離感が八戸にはあって、私自身も、その文化に大いに影響を受けて暮らしている(写真4)。

写真4 八戸の郷土芸能とタイアップしたさまざまな企画も

そして、はっちやマチニワができたことで、どちらかというとアンダーグラウンドでクローズドな活動も、表に出やすくなったのではないだろうか。そのことで、知らなかった八戸の文化やそれを行う人の存在を知ることもできる。例えば「若い人たちはこういうことをやっているのか」というように。

少子高齢化や人口減少だけでなく、さまざまな不安に包まれている現代社会。世代や分野を越えてそれぞれの文化を尊重し、そこに新たな価値観を付加していくことができたら、「アート」の分野だけでなく、生活全般を豊かにしていく術を、それぞれの分野で見つけていけると信じている。

今川和佳子アートコーディネーター
1976年八戸市生まれ。東京学芸大学卒。八戸ポータルミュージアムはっち初代コーディネーターを経て、現在合同会社imajimu代表。地域ならではの文化とアートが交差する事業を中心に、分野横断的に商品やイベントの企画開発に取り組んでいる。これまでの主な担当事業は「酔っ払いに愛を〜横丁オンリーユーシアター〜」、「三陸国際芸術祭」、「八戸酒造メセナ事業」「エイトベース(東京有楽町)」など。